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バロック

        
category - 2012年9月ポルトガル・ミュンヘン

ポルトガル親子旅行Vol.15 『サン・ロケ教会』

2015/ 08/ 17
                 
ポルトガル035カモンイス広場

シアード広場から西へ行くとカモンイス広場があります。
銅像になっている”ルイス・デ・カモンイス”は、ポルトガル史上最大の詩人で、
ホメロスやダンテなどの古典詩人と比較されるほどの有名人だとか…。

ポルトガル036アズレージョ

私たちが目指した『サン・ロケ教会』は、ここから400m坂道を上った
場所にあります。「お母さん、歩けるかな?」と心配したけど……、
アズレージョで飾られた街並みが楽しくて、思ったよりもラクに到着。

ポルトガル037アズレージョ

アズレージョというのは装飾タイルのことで、ムーア人からスペイン経由で
16世紀に伝わり、ポルトガルを代表する芸術になりました。

ポルトガル038サンロケ教会

さて、ここは黒死病(ペスト)から人々を守る守護聖人・聖ロクス(サン・ロケ)を
祀っている、16世紀初めに建てられたイエズス会の教会。
1584年には天正遣欧少年使節が1ヶ月ほど滞在したということです。

ポルトガル039サンロケ教会

『天正遣欧少年使節』とは、日本人として初めて公式にヨーロッパを訪れた
4人の少年のこと。九州のキリシタン大名の名代として、長崎からローマへ
向かったのが1582年2月で、マカオ、マラッカ(ポルトガル領マレーシア)、
ゴア(ポルトガル領インド)を経て、1584年8月ようやくリスボンに到着という、
2年半もかけてヨーロッパにたどり着いた13〜14歳の少年達です。

日本で初めてキリスト教を伝えた人であり、イエズス会を創設した一人
であるフランシスコ・ザビエルの事や遠藤周作著『沈黙』を思い出し、
話が違う方向へ行きそうになったので軌道修正ヽ(´o`;

ポルトガル040サンロケ教会

マニエリスム様式(ルネッサンス後期)、バロック様式、ロココ様式を
取り入れたという内装は、華やかだけどゴテゴテしたカンジ。
主祭壇には幼いキリストを抱く聖母マリア像が立ちます。

ポルトガル041サンロケ教会

木製の天井には天使が描かれ、

ポルトガル042サンロケ教会

入口の頭上には立派なパイプオルガン。

ポルトガル043サンロケ教会マリア

本堂に沿って8つの礼拝堂が並んでいますが、どれもとても豪華!
こちらは『聖母礼拝堂』で、ポルトガル・バロックの傑作とのことです。

ポルトガル044サンロケ教会

しかし…、マリアのまわりを囲んでいる子供たちの頭がちょっと怖い。

                              つづく
                              VOL.16



☆マカオのアズレージョ → マカオ夫婦旅Vol.5






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category - 2012年9月ポルトガル・ミュンヘン

ポルトガル親子旅行Vol.13 『エストレーラ大聖堂』

2015/ 08/ 05
                 
8泊9日のリスボン滞在始まりました♪まずは市内観光から。
母が名物の市電に乗りたがったので、とりあえず乗せておくことにします。

市電28番が観光客に人気のルートで、スタートはエストレーラ停留所が
最適とガイドブックにあったので、タクシーで『エストレーラ大聖堂へ』。

路面電車を見る度に「アレに乗りたい!」と言い出す母につき合って、
切符の買い方もわからないまま乗ってしまい、迷子になったという
プラハ(チェコ)での経験があるので、事前に調べて乗せておいた方が安心です。

ポルトガル022エストレーラ大聖堂

さて、市電に乗るために来たものの、こんな立派な聖堂を目の前にして
素通りすることはできないので、のぞいてみることに……。

ポルトガル023エストレーラ大聖堂バロック〜

『エストレーラ大聖堂』です。
1779年、当時のポルトガル女王マリア1世がジョゼ王子の誕生を
神様に感謝して建設を開始し、1790年に完成した聖堂。
後期バロック様式の建物にネオクラシカル様式のドームを持つ外観は、
美しく、堂々としています。写真にドームは写ってないけどヽ(´o`;

ポルトガル024エストレーラ大聖堂

堂内の色大理石をふんだんに使った装飾が見事です。

女王マリア1世は、1777年(大地震後)に即位して10年ちょっとの間に、
母と夫と長男(ジョゼ王子)を亡くすという不幸に見舞われた波乱万丈の人。
さらには7人の子供の内、成人したのは3人だけという悲しい思い出を
たくさん抱えながら、ルイ16世とマリー・アントワネットが処刑された事に
ショックを受け、精神病になってしまったといわれています。

そしてフランス革命勃発後の1801年、ナポレオンはスペインと同盟を結んで
ポルトガル攻略を開始したため、1807年、王家と貴族や裕福な商人たちは、
植民地だったブラジルへ避難したということ。以降ポルトガルは15年の間、
フランスとその後フランスを追い出したイギリスによって支配されていたと…。

ポルトガル025エストレーラ大聖堂

その後マリア1世は、狂ったままリオデジャネイロ(ブラジル)で死去し、
今ではこの聖堂に埋葬されているということです。
お祈りしている人が沢山居たので、写真は控えめに撮ったから少ないの。
アーメン。

                              つづく
                              VOL.14




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