FC2ブログ

2011年09月

        
category - 2010年9月南イタリア

南イタリア親子旅行Vol.54『クアットロ・カンティ』と『プレトリア広場』

2011/ 09/ 18
                 
パレルモ48カテドラル前

カテドラルの向かい側、ビットリオ・エマヌエーレ通り沿いには
おみやげ屋さんが並んでいて、楽しい雰囲気♪

パレルモ49カテドラル前

ここから東へ500m程行くとクアットロ・カンティという十字路があり、
その近くにあるプレトリア広場周辺が次の目的地です。
街並みを楽しみながら歩ける距離なのですが……、
私たちはタクシーで一気に目的地へ。

パレルモ50クアットロカンティクアットロ・カンティ

『クアットロ・カンティ』は旧市街の中心地点。
十字に交差する道路の間に4つの建物があり、その建物の角が弧を描く
ように削られて、噴水や彫刻で美しく装飾されています。17世紀、
スペイン総督によるバロック都市計画の一環として造られたということ。

パレルモ51プレトリア広場

そしてここを右へ曲がると、左手に『プレトリア広場』があります。
噴水のまわりに、たくさんの彫刻が……。

パレルモ52プレトリア広場

アラブ色濃い建物に囲まれて、ルネッサンス期の彫刻がずらりと並んでいます。
パレルモはどこへ行ってもごちゃまぜ文化。
どこか知らない国へ迷い込んでしまったような錯覚を覚えます。
きっとそれがパレルモの魅力なのですね。

奥にもう一つ、小さな広場『ベッリーニ広場』があって、
ノルマン時代の教会が2つ並んでいます。
どっちから先に入ろうかな~。

                             つづく
                             VOL.55




    応援してねっ♪
人気ブログランキングへにほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ















スポンサーサイト



                         
                                  
        
category - 2010年9月南イタリア

南イタリア親子旅行Vol.53 パレルモの歴史を語る大聖堂『カテドラル』

2011/ 09/ 13
                 
パレルモの大聖堂『カテドラル』です。立派ですね~♪

パレルモカテドラル1

度々改築されたため、アラブ、ノルマン、カタロニア・ゴシック、
ネオクラシック…と、色とりどりの建築様式が残るパレルモならではの
建築物になりました。

パレルモ42カテドラル

遡れば…、9世紀。
北アフリカからシチリア島に侵攻したイスラム教徒がパレルモを陥落し、
ここに建っていた小さな聖堂をモスクとして改築したことが、
この折衷様式の『カテドラル』のはじまり。
その後10世紀には、シチリア島全島がイスラムの支配下に置かれ、
イスラム王朝の首都がパレルモになりました(それまではシラクーサ)。
モスクの数は300以上という、絢爛なイスラム文化が花開いたということです。

そして11世紀、支配者がノルマン人に変わると、キリスト教の聖堂
として再改築。アラブ・ノルマン様式の聖堂に生まれ変わります。

パレルモカテドラル2

その後、14世紀には鐘楼が造られ、

パレルモカテドラル3

15世紀にはカタロニア・ゴシック様式の入口が造られたということ。

パレルモカテドラル4

18世紀の改築が一番大規模で、内部をネオクラシック様式に改築。
クーポラ(屋根)もその時に造られたと…、
まぁとにかく、パレルモという街を凝縮したような建物です。

パレルモ46カテドラル

内部は地味ですが荘厳な雰囲気。
『パラティーナ礼拝堂』が、金ピカで派手派手だったので、
とてもシンプルに感じたけど、教会としてはこちらの方が落ち着きます。

パレルモ47カテドラル

大聖堂(カテドラル)のことを、イタリアでは『ドゥオモ』と呼ぶのだと
理解していたのですが、パレルモの大聖堂は『カテドラル』と、
ガイドブックなどに書かれています。
「なぜ”ドゥオモ”と書かないのか?」ずっと気になっているのですが、
未だに解決してません。誰か教えて~!!

                               つづく
                               VOL.54



☆シチリア島の歴史 → 南イタリア親子旅行Vol.49
☆2015年、世界遺産に登録されましたヽ(^0^)ノ → 旅アルバム「世界遺産」31




   応援してねっ♪
人気ブログランキングへにほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ