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ポルトガル親子旅行Vol.13 『エストレーラ大聖堂』

8泊9日のリスボン滞在始まりました♪まずは市内観光から。
母が名物の市電に乗りたがったので、とりあえず乗せておくことにします。

市電28番が観光客に人気のルートで、スタートはエストレーラ停留所が
最適とガイドブックにあったので、タクシーで『エストレーラ大聖堂へ』。

路面電車を見る度に「アレに乗りたい!」と言い出す母につき合って、
どこへ向かっているのかわからないまま乗ってしまい、迷子になったという
プラハ(チェコ)での経験があるので、事前に調べて乗せておいた方が安心です。

ポルトガル022エストレーラ大聖堂

さて、市電に乗るために来たものの、こんな立派な聖堂を目の前にして
素通りすることはできないので、のぞいてみることに……。

ポルトガル023エストレーラ大聖堂バロック〜

『エストレーラ大聖堂』です。
1779年、当時のポルトガル女王マリア1世がジョゼ王子の誕生を
神様に感謝して建設を開始し、1790年に完成した聖堂。
後期バロック様式の建物にネオクラシカル様式のドームを持つ外観は、
美しく、堂々としています。写真にドームは写ってないけどヽ(´o`;

ポルトガル024エストレーラ大聖堂

堂内の色大理石をふんだんに使った装飾が見事です。

女王マリア1世は、1777年(大地震後)に即位して10年ちょっとの間に、
母と夫と長男(ジョゼ王子)を亡くすという不幸に見舞われた波乱万丈の人。
さらには7人の子供の内、成人したのは3人だけという悲しい思い出を
たくさん抱えながら、ルイ16世とマリー・アントワネットが処刑された事に
ショックを受け、精神病になってしまったといわれています。

そしてフランス革命勃発後の1801年、ナポレオンはスペインと同盟を結んで
ポルトガル攻略を開始したため、1807年、王家と貴族や裕福な商人たちは、
植民地だったブラジルへ避難したということ。以降ポルトガルは15年の間、
フランスとその後フランスを追い出したイギリスによって支配されていたと…。

ポルトガル025エストレーラ大聖堂

その後マリア1世は、狂ったままリオデジャネイロ(ブラジル)で死去し、
今ではこの聖堂に埋葬されているということです。
お祈りしている人が沢山居たので、写真は控えめに撮ったから少ないの。
アーメン。

                              つづく
                              VOL.14



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Author:ピロリ
趣味は旅行・読書・ガーデニング
好物はチョコレートと稲垣吾郎

海外旅行歴約30年。どれだけの街を巡り、ホテルに泊まり、世界遺産を見てきたのカナ?これは記録しておいた方が面白いんじゃない?ということでブログを始めました。
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